応援団リーダーになるには


  第1段階として,6月末のリーダー選挙に立候補・当選することが必要です.定員10名で,2年生の男子のみに立候補資格が与えられています.一応,明文化されている規約上では,当選した段階で応援団リーダーなのですが,不文律として第2段階が存在します.第2段階として,夏休みに2週間の『養成』を受け,これを修了することが必要です.通常,養成は1代上の先輩から受けることになります. しかし,近年は複雑な事情が絡み合って,定期に立候補するケースは少なく,主に以下の2つの傾向があります.

    1.危機感を持った人間が応援歌練習直前の冬休み・春休み頃に立候補・養成.

    2.養成は受けたくないが,行事に支障が出るので,タクトだけは教えて欲しいという生徒が出る.

  最近は2のパターンが増え,該当するのは40・45・48〜現役となります.この場合,バンカラを纏う・後輩に養成を行う・団室に入室等の行為は許可されません.私の代(46代)は1のパターンに該当し,2月末に立候補者が出て,春休みに養成を受けました.また,1代上の先輩が養成を行う資格を持っていなかったので,2代上の先輩にお願いすることになりました.


1日の活動(平常時)


 7:30 登校.屋上にて朝練習開始
 8:15 朝校歌
 8:30 SHR
 8:40 授業開始
15:45 授業・清掃終了.団室に集合し,当日の練習について相談.
16:00 各自の部活へ
19:00 部活終了.練習へ
20:00 帰宅

  記憶が多少曖昧なのですが,上に示したような感じだったと思います.朝練は雨が降っても必ず行うようにしていました.内容は,発声練習・柔軟・腕止めなどの基礎的なものでした.
  放課後の練習は,各自が部活も抱えていたため,部活の前に練習を入れたり(部活には少し遅刻),部活後の練習を9〜10時くらいまで続けたり,その日の状態に合わせてやるようにしていました.また,休日は時間に余裕があるので,全員が揃って練習できるように,時間を合わせて練習していました.部活を引退した後は,部活の時間帯に練習していました.内容は,タクト練習などの実践的なものでした.
 授業に関しては,ごくごく普通に受けていました.服装が目立つことを除けばですが.成績は皆まあまあ(?)といったところでした.個人的には定期テストの成績が下がり,3年生の1期考査で初めて赤点というものを頂くことになったのですが.
  今思えば,両立を通り越した鼎立(三立)生活がよく続いたなと思います.鼎立でも学習の比重は・・・


私的雑感

  厳しい応援歌練習を受けた後に,「絶対リーダーなんかにはならないぞ!」と思っていた自分がリーダーになるとは正直考えてもみませんでした.我々の学年も,リーダーに立候補する者が定期から半年余り経っても現れず,リーダーを廃止する方向で話し合いが進んでいました.しかし,どのようにしてリーダー抜きで応援・行事を行っていくか具体的な案は1つも出ないという閉塞状況に陥っていました.そんな閉塞状況の中で立候補者が出たのは,このままでは伝統がなくなり,行事が廃止されてしまうという危機感だったと思います.特にも,1代上がバンカラを廃止したものの,変革と呼べるような成果が1つもあげられず,野球がベスト4に進んだために体面のみを慮って,たった1日の養成でバンカラを纏うなど,伝統の崩壊という問題への危機感が大きかったと思います.結局,我々が復活させた伝統は2代下から現在まで潰えているわけなのですが.